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ただの日記。たぶん。

演奏会を終えて思ったこと

週末から飲みっぱなしで若干身体の状態がおかしくなってますが、ともあれ土曜日に11月の演奏会一つ目を終えました。
今回は自分にとっては楽しいのと同時に苦しかったです。

楽しいってなんだろう。

楽器を弾くことは自分にとって趣味であると同時に枷のようなものでもあって物凄い複雑です。現に1年に1回くらいしばらくやめたいとか思います。すっぱりやめるのは嫌だけど、しばらく弾きたくなくなる。
自分は趣味は「楽しければ良い」と思ってるのですが、皆で演奏をつくるってことは努力が必要で、難しい壁にぶち当たると動けなくなったりします。
じゃあひとりで弾けばいいってのもあるんですが、自分はオーケストラで様々な音の中で弾くのが好きなので楽しさが減る。
結局「ただ楽しくやっていたい」ってのは無理な相談で、楽しくやるためには壁をぶち破っていく力がいると思ってます。
その力がまだ自分には足りない。

楽器を弾くことが「自分でいる」こと

楽器を最近買って、演奏に対するモチベーションが上がったり、あまりの自分の弾けなさに嫌になったり、練習がなかなかできなくて苛々したり(自分を甘やかしていたのもあるけど)、自分は実は楽器のことで一喜一憂していたことに今さらながら自覚しました。
どんなに挫折しかけても楽器をやめないのは多分楽器をやめた自分が全く想像できないからで、その点では楽器は自分のアイデンティティの一角をよくも悪くも形成しちゃってるんだなと。

中途半端な自分を「楽器を弾くこと」が映してる

以前「理想が高すぎる」と言われたことがあるのですが、確かにそういう部分はあります。なんでもこなせる人間になりたくて色々手を出しては中途半端に終わってしまい、望むものとのギャップに悩むことなんて日常茶飯事です。しかもそれを自分への甘さによってなんとなく許してしまう。こんな負のスパイラル。
なかなか満足に楽器を弾けてない自分が今の中途半端さの象徴のように感じました。

まず「やれるだけやった」と自信を持って言えるように。

楽器に限ったことじゃないですが、どんなことでもあとで後悔しないように「やれることはやったんだよ!」と言い切れるだけやりつくさないといかんなぁと演奏会を終えて物凄く感じたのでした。そしたらもっと楽しくなるし。