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ただの日記。たぶん。

街の灯―北村薫の優しさ

街の灯 (文春文庫)

街の灯 (文春文庫)

まずは北村薫さん,直木賞受賞おめでとうございます。
もっと早く受賞していて然るべき作家だったと,心から思います。
彼の作風はとにかく,人物に対する視線の優しさが一番の特徴なのではないかと思っています。
逆に,それが「物足りない」と感じさせることもありますが…。

直木賞を受賞した「鷺と雪」は,「ベッキーさんシリーズ」と呼ばれるシリーズの完結編にあたるものです。
そして「街の灯」は,ベッキーさんシリーズの第一作に当たります。
多くの人が指摘している点ではありますが,北村作品には珍しく,語り手=英子が探偵役を務めます。
ベッキーさんは英子の運転手をしている女性なのですが,ではベッキーさんがワトソン役なのかといえば,そうではなく。
英子は,ベッキーさんという謎めいた存在に触発され,影響されて謎を解くのです。
世間を余り知らぬが故の英子の無邪気な言動と,それを受け止めるベッキーさん。
下手な書き方をすると英子が嫌な奴にも見えかねないのですが,そこは凄く上手いなぁと思いました。
謎解き自体は,そんなに大掛かりなものではありませんが,北村薫らしさを感じる謎の設定です。
江戸川乱歩屋根裏の散歩者」やサッカレー虚栄の市」が出てくる辺り,さすがです。*1

そしてこの作品の特徴は,やっぱりその時代性でしょうか。
本作の舞台は昭和七年五・十五事件が発生した年です。
しかし,この作品中ではその話は殆ど触れられず,むしろ世俗から離れた令嬢のどちらかといえば華やかな生活が描かれます。
今後,「玻璃の天」「鷺と雪」と進行するにつれて時代の流れも明確になってくるようです。
早く読み進めたい…しかし,文庫化されてるのは「街の灯」だけというのにやきもきしてしまう自分なのでした*2

*1:この文学的境地がひとつのミステリとなって結実した北村作品が「六の宮の姫君」だと思ってます

*2:できれば全部文庫で揃えたいという微妙な欲望が頭をもたげるのです